梶原景時と沼島水軍、インドネシアの不思議な縁

このところ、人の縁というか、そういうものを感じて、人生ってつくづく不思議だなーと思っています。


私の母方の旧姓は、梶原といいます。

家紋は丸に並び矢で、梶原景時の裔にあたります。


narabiya


梶原景時と言えば、天下の嫌われ者!

屋島の合戦に遅参し、讒言で源義経を死に追いやったとされる「大悪人」です。



でも、本当の事を言えば、シルクロードを東遷して来た陸軍の源氏が、制海権を握っていた海軍の平家を滅ぼせたのは、梶原景時が率いた水軍のおかげ!

頼朝の死後、日本最強の水軍力を誇った梶原景時は、後釜を狙っていた北条氏にめちゃくちゃ警戒されます。

そして、その結果、様々な悪評をたてられ滅ぼされてしまったというのが影の歴史!

世間では、恐ろしいほどの悪評で誤解を受けていますが、実像は、政治的な駆け引きが苦手な、真っ直ぐで優秀な軍略家だったのでは?と感じています。


さてさて、そんな梶原景時が壇ノ浦で平家を滅ぼした時、率いた主力部隊の一つが瀬戸内海の沼島水軍!

族長の名は沼島氏で、今も瀬戸内海や神奈川県に裔が広がっているそうです。



そして話は変わって、今度は自分の人生に目を向け振り返ると・・・

私は、31歳でインドネシアで起業しています。

インドネシアと言えば、日本の水軍勢力の故郷ですので、これはこれで不思議と言えば不思議な縁ですよね?


でも、もっとスゲーな!と思うのは、私の会社の主力メンバーの事!

今、会社で懐刀のように大切な仕事してくれているスタッフの一人が、沼島さん!

もちろん、私の先祖である景時を助けてくれた、あの沼島水軍の末裔です。



約千年の時を超え、繋がる縁に不思議さというか、荘厳な思いを感じざるを得ません。

慎んで、大切に有難く仕事を進めなければと思う今日この頃です。


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