マドゥラ島のルーツと地名遷移

バリ島から北西に300kmほど行くと、マドゥラ島という島があります。

ジャワ島のスラバヤという都市と近く、橋で結ばれるほど隣接しています。

でも、ほとんどの住民がマドゥラ族という、ジャワ族とは別の系統のせいでしょうか?

それとも、「マドゥラ水軍」独特の気性の荒さのせいでしょうか?

ジャワ族とは、あんまり仲がよろしくないようです ^_^;







「マドゥラ」の語源は、マレー語やインドネシア語の「madu(マドゥ)」=「蜂蜜」と言われています。

さぞかし、養蜂が盛んな地域なのかな?と思いきや、特産品はなんと『塩』!?


まあ、こういう様子がおかしい事は、インドネシアでは良くある事!(笑)

でも、ちょっと気になったので、いつものように『マドゥラ』のルーツというか、来し方行く末を探ってみました。


いやー、マドゥラ族って、かなり頑固なんでしょうか?

ゴリゴリにブレない地名遷移を残しています。


マドゥラ島のルーツは、シュメール・バビロニアの日神系、「海の国」王朝!

この分派が、インド十六大国時代に「マッラ国(末羅国)」を作っています。


○マッラ国
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%83%A9%E5%9B%BD


その後、インドを月神系のマガダ国が統一したため、押し出される形でインドネシアの「マドゥラ島」に本拠地を移します。

さらに、東南アジアに進出した他のクシャトリアの類にもれず、海のシルクロードを伝って倭国に本拠地を移して行きます。

つまり、満州・朝鮮半島・九州あたりに国を作る訳ですね?


そこで、その辺を探してみると・・・あった!


○末ら国
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AB%E3%82%89%E5%9B%BD


魏志倭人伝の時代に、今の佐賀県唐津市~長崎県松浦市辺りに、「末廬国(マツラ)」という国を作っていたようです。

ちなみに、その辺りに住んでいた人々は、後に「松浦党」と呼ばれ、「松浦水軍」を結成しました。

族長の名前は「松浦氏」です。


っという事で、マドゥラ島はこんな感じで地名遷移して行ったようです!

バビロニアの「海の国王朝」→「マッラ国(末羅国)」→「マドゥラ島」→「末廬国(マツラ)」→「松浦」





※追記:

その後、さらに詳しい地名遷移の様子が分かったので、シェアしておきます。

バビロニアの「海の国王朝」→「メルッハ(ロータル)」→「マルワ(インド中西部、デカン高原の北端の高原地帯)」→「マッラ(インド末羅国)」→「マラヤ(マレー半島)」→「マドゥラ(マドゥラ島)」→「マツラ(九州末廬国)」→「マツウラ(松浦)」



▼バリ島と日本のルーツ


コメントを残す

コメントを投稿するにはログインしてください。

サブコンテンツ

このページの先頭へ