ジャワ島の語源と日本の由来

今日は、ちょっと歴史についてのお話。

むかし、ジャワ島に「ヤーヴァドヴィーバ」というインドネシア最古の国家がありました。

このヤーヴァドヴィーバの「ヤーヴァ」が、「ジャーヴァ」→「ジャヴァ」と転訛。

そして、最終的にはジャワ島になった訳ですね。


このジャワの語源になった「ヤーヴァ」の意味ですが、サンスクリット語の「大麦」という説と、フェニキアの「タルシン船」を表す事から「フェニキア人の」という説があるようです。

色々調べてみたら、どうやら「フェニキア人の」という説の方が、しっくり来るようです!


中国では、フェニキア人の事を「燕人」と言うのですが、この「燕」という字、日本風に読むと、「エン」と読むのですが、中国風に読むと「ヤムゥ」と読むんですよね。

春秋戦国時代に、フェニキア人が建てた国も「燕(ヤムゥ)」だった訳です。


ちなみに、ジャワのヤーヴァドヴィーバの王族は、後に遼東半島に進出し、公孫氏となって、やっぱり「燕(ヤムゥ)」という国を建国しています。

っと、この辺まで来ると、カンの鋭い人は、そろそろ何が言いたいか、分かって頂けるかと思います。


公孫氏と言えば、あの大国主や大物主のモデルとなった氏族!

卑弥呼を輩出した事でも、有名な一族ですよね?



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つまり、何が言いたいのかというと。。。

カナンの地から、はるばる渡って来たフェニキア人達が、ジャワ島で建国したのが「ヤーヴァドヴィーバ」。

遼東半島に建国したのが「ヤムゥ」。

日本に入って、九州に建国したのが卑弥呼の「ヤマタイコク」

そして、その流れが、そのまま日本を表す「ヤマト」にも、繋がって行くようですね。


仏国記の耶婆提国と新唐書の多羅磨国についてに続く >>


▼バリ島と日本のルーツ

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