古代史を追って行く時、手がかりになるのは、名前や祀っている神様、地名遷移や家紋などなのですが・・・

結構ややこしいのが、じつは名前!



広い地域を移動して行くうちに、どんどん『呼び名』が増えて、訳が分からなくなって来ます。

「ん?あれとこれって同じ?」

「あれ?コレとコッチは違うの?」

なーんて。


しかも、子孫たちが色んな時代の『呼び名』を苗字にしたりするので、「同じ部族に、どんだけ名前あるんだ?」っという状況に・笑


っという事で!

今回は、アラ族の呼び名や通称・別名などを整理してみたいと思います。



アラ族の世界統治


アラ族は、地中海に進出した際に『アラム』と名乗った!というお話は、以前にしたかと思います。

その後、オリエントを統治したアラ族は、『タージ(大食、ターイ)』と呼ばれるようになりました。

オリエントやインドでは、今でも『タージ』は、王冠や王族を表す言葉になっています。

日本の『多治比(タジヒ)』、さらに多治比氏の子孫の『平(ターイラ)』という苗字は、この時の呼び名を取っている訳ですね。


カナン地方に進出したアラ族は、『エブス人』と呼ばれました。


日本では、七福神の『恵比寿(エビス)』さまになっています。


カナン地方に進出したアラ族の別派は、『ヘブライ人』と呼ばれました。

巷では、「ヘブライ人やユダヤ人が日本人になった!」なんて、訳知り顔で都市伝説が語られているようですが・・・

現実は、「日本人のアラ族が、オリエントで一時期ヘブライ人と呼ばれていた!」が正解という事ですね。


『ヘブライ人』のうち、四国に戻って『阿波忌部』となった部族は、『イッサカル族』です。

『阿波忌部』の紋は九曜紋と月星紋ですが、イッサカル族の裏紋は太陽、そして月と星です。


阿波忌部の祖神天日鷲命を祀る鷲神社
鷲神社の九曜紋と月星紋
浅草 鷲神社

イッサカル族の紋章『太陽&月と星』
イッサカル族の紋章『太陽&月と星』=阿波忌部『九曜紋&月星紋』
日ユ同祖論 – Wikipedia


『イッサカル族』は、その後『サカ族』と呼ばれ、シルクロードやインドに進出!

インドのコーサラ国の王族だった『お釈迦(シャカ)』さんも、『サカ族』でした。


地中海のアルワード島(アラド島)を中心に貿易を拡げた『アラ族』は、『フェニキア人』と呼ばれました。

「フェニキア語やアラム語、ヘブライ語が日本語に似てる!」なーんて都市伝説がありますが、当たり前ですよね?

元々日本語なのだから。


エジプトに進出した『アラ族』は、『ヒクソス』と呼ばれました。

「ヒク」は、「彦」と同じ「王」という意味で、「ソス」は、「異国」のという意味。

つまり『ヒクソス』=「異国の王」って事!

うーん、確かにその通り(笑)


さてさて長くなったので、この辺でまとめると・・・

アラ族=アラム人=タージ=ターイ=エブス人=ヘブライ人=イッサカル族=サカ族=フェニキア人=ヒクソス=阿波忌部=多治比=平


・・・っという感じで、『アラ族』のややこしい呼び名を忘備録的に整理してみましたーっ
(*^^)v


▼バリ島と日本のルーツ